【父と私の26年間】第四話:家族との別れを受け入れられない日々  

  こんにちは、スガカズです。  

 物心ついたときから当たり前のように一緒にいるお父さん、お母さん。

  いざいなくなってからのことって、想像できますか?  

 わが家は自宅から実家まで500キロ離れた距離だったので、年に数回しか会いません。  

自分の生活が中心なので、気がつけば半年会っていないなんて状態でした。 

  そのため私は、親といつか別れる日が来るなんて当時は考えていませんでした 

 実際に父の体が不調になってから、二度実家に帰りましたが、万が一のことを考えることで現実に起こってしまいそうで

避けていたのも理由の一つです  

 それでもいつかはやってくる  親と別れる日 

さて、前回のお話の続きです。 

8月に初めて父の容態を目にし、その後は連絡をまめに取るなどしていました。

年末年始にまた実家に帰ろうと計画していましたが  10月のある日の深夜に電話がかかって来ました。 

 状況など、詳しくは割愛させていただきますが、一瞬で眠気がふきとんだのを覚えています。   

  その場に居合わせた姉は取り乱しており、かたや私は妙に冷静でした。  

電話で姉と話している間も、「何かこんなシーン映画であったな」と変なことを考えていました。 

  駆けつけてくださった父の友人と普通にお話して笑ってました。  

無事に葬儀が終わり、1週間後には、今までと同じ日常に戻りました。  

自分のそれまでのイメージだと、大好きな父親だから、いっぱい泣いて何も手につかないくらいだと思っていたのですが

現実は違っていた。  

  携帯には父の携帯番号が残っていますし、メールのやりとりもまるで昨日連絡したかのよう。

   父を別れたことは現実味を帯びておらず、娘である私は前を向いているようで受け入れられていないのでした。  

2ヵ月後、あるきっかけによってやっと受け入れることができました。   次回(最終話)につづきます。 

●ライター/スガカズ

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