差別するような人になってほしくない!性差について子どもに教えたいこと

こんにちは。ママライターのマエジマシホです。

前回、前々回と、千葉県柏市の公立中学校でジェンダーフリーの制服が導入された件から「男女の差別と区別の違い」、「こうあるべき」という思い込みの危うさについて述べました。

最後となる今回は、筆者が個人的に考える「性差について子どもに教えたいこと」について触れさせていただきます。

差別する側にもされる側にもなってほしくない

なぜ、筆者が「性差について」を強く意識しているか、というと、子どもに「差別する側の人間にも、される側の人間にもなってほしくない」と願っているからです。

子どもが、もしセクシャルマイノリティと現在呼ばれているような嗜好の持ち主であったとしても、マジョリティに属する友人たちと仲良くしてほしいし、マジョリティに対する敵意を抱いてほしくないのです。

また、逆も然りです。マジョリティであるからといって、マイノリティを排除したり攻撃したりするような人間にはなってほしくありません。

くしくも、2018年2月に平昌で行われたオリンピックでは、ゲイであることを公表しているアスリートが、競技を終えて同性の恋人の唇にキスするシーンが中継され、大きな話題になってしましたね。

それをただ祝福する人間であってほしい、と願っています。

同性同士の婚姻について考えること

同性同士の結婚が法的に認められることを望まない人の意見として聞かれるのが、「同性同士の結婚は子どもを産むことができない」ということです。

一理あります。

同性同士では、子どもを新たに作ることはできませんね。

では、異性同士で結婚した人のすべてが子どもをもうけているのか、というとそうではありませんよね。産むも産まないも、何人子どもをもうけるかも、それぞれのご家庭の意思にゆだねられています。

なので、子どもの問題を同性同士の結婚を阻む理由にするのは、少々こじつけがすぎる気がします。

子どもには、「結婚とは愛し合っている二人の人間が一緒に生活すること」だと教えたいし、定義として定着すればいいな、とおもいます。

最後に

もし、息子が制服を着る年齢になったとき、着るべき制服がジェンダーフリーの制服であったのなら、親の意思など無視して息子が着たいものを着たいように選んでほしいとおもいます。

そして、それが当たり前の時代になっていればいいな、ともおもいます。

時代が進むにつれて、ブランドのファッションショー以外でも男性が日常的に着ることができるスカートがデザインされるかもしれません。男性でもかっこよく履きこなせるハイヒールがデザインされるかもしれません。

今、自分たちが思い込みで男性用、女性用と分け隔てているものが、すべて覆されるかもしれませんから。

過渡期にたつ大人が、変わりゆく時代に生きる子どもに教えられることは、「自分の意思と決断を尊重するように、他人の意思と決断を尊重する」だとおもうのです。

お互いがお互いの意思と決断を尊重する。それだけで性差に関する世の中のほとんどの問題はなくなるような気がします。

ライター紹介

前嶋志保

前嶋志保

元プログラマ。ライター歴4年、ママ歴ももうすぐ4年になります。男の子のママをなんとか毎日やっています。子どもとの日々を通して感じたことや経験したことを他のママさんと共有できたらいいなと思っています。

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