夫婦円満の秘訣

うしろめたさは必要ナシ! 女性が“生きるため”に結婚することへの是非

うしろめたさは必要ナシ! 女性が“生きるため”に結婚することへの是非

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こんにちは。エッセイストで経済思想史家の鈴木かつよしです。

心理学者で医学博士の小倉千加子さんが『結婚の条件』という著書を発表したのは2003年のことでしたので、あれからもう十年以上が経ちました。

この本が衝撃的だったのは小倉さんが批判を承知のうえでわが国の女性にとっての「結婚」というものを、その女性の“学歴”によって意味合いが違ってくると大胆に類型化したことです。

小倉さんによると、高卒女性にとっての結婚は「生存」のため。

短大卒並びに中堅四大卒の女性にとっての結婚は「依存」のため。

専門性の高い四大卒の女性にとっての結婚は夫に経済力を求めるのではなく、自分のライフスタイルが結婚によって崩されることがないようにという意味での「保存」のため。

このように類型化したのです。

四年制大学を卒業しても必ずしも正社員の専門職として就職できるわけではなくなった今のわが国では、小倉さんの理論を微修正せざるを得ないことは明らかではありますが、日本の女性にとっての結婚というものの本質を象徴的にあぶりだして見せたという意味で重要な研究であったと言えるでしょう。

筆者の友人である50代女性の精神科医が、『今、クリニックを訪れる患者さんの中に、「生きるための結婚ではいけませんか?」との悩みで来院する女性がしばしば見られる』と言っています。

今回は“生存のための結婚の是非”について一緒に考えてみましょう。

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生存のためなら結婚よりも実家に留まることを選ぶ今、生きるために結婚する女性に拍手

たしかに十数年前のわが国の高卒女性にとって、安定収入のある男性と結婚することによって初めて“食べていけるようになる”という現実はあったかもしれません。

短大を卒業した女性であっても「自立」ができるほどの収入は得られなかったという人もいたでしょう。

でも今は、四年制大学を卒業し何らかの分野の専門知識を持っているような女性であっても必ずしも正社員で就職できるわけではありません。

その意味では小倉さんの理論はそのままでは今に通用しないと言えます。

今はさしずめ“学歴にかかわらず非正規で働く独身女性が生存していくためには、結婚よりも実家に留まるという道を選ぶ方が合理的な時代”とでも言うべきなのでしょうか。

労働の非正規化は小倉理論における「学歴」の要素をそっくりそのまま「正社員か非正社員か」に換えてしまいました。

むしろ、いつまでも実家に留まるのではなく生きるために結婚する女性には拍手を贈りたいような気がします。

なぜならば、実家に留まるという道をみんながみんな選んでしまったら、いよいよもって子どもが激減し、わたしたちの社会から活力が失われていってしまうからです。

女性が「生存のための結婚」にうしろめたさを感じるケースとは

それでは、学歴にかかわらず非正規での雇用では「生きるために何らかの方法を考えなければならない」という現代、女性が「生存のための結婚」にうしろめたさを感じてしまうケースとはどのようなときでしょうか。

筆者が考えるところでは以下の3パターンに分類できるかと思います。

(1)いわゆる「お見合い」相手の男性に「好き」という感情が湧かないのに結婚を決めた、または結婚した場合。

(2)自分も非正社員。好きで付き合っている男性も非正社員(ないし経済面で安定にまで至っていないプロフェッショナル)の場合で、自分の生存のために結婚してパートナーの人生を制約していいものかといったうしろめたさ。

(3)相手の男性(または夫)には経済力もあり嫌いでもないのだが、女性(あるいは「妻」)に対して横暴なところがあり、自分は生存のために男性からのモラルハラスメントを我慢しながら生きているのではないかと思えてしまう場合。

みなさんの周りにもいずれかのパターンに当てはまる人はいませんでしょうか?

モラハラが存在する場合以外は“うしろめたさ”を感じる必要なし

前述のパターン(1)(2)(3)で筆者が思うことは、(3)の「男性にモラルハラスメントが認められる場合」以外でしたら、女性が生存のための結婚にうしろめたさを感じる必要は一切ないということです。

(1)のケースでしたら、かつてのわが国では独身女性が結婚相手と出会う機会の大半がお見合いで、最初は恋愛感情が湧かないということもままあったでしょうし、大抵の場合は結婚してから「戦友愛」が育まれるものです。

うしろめたさなどこれっぽっちも感じることなどありません。

(2)のケースだってそうです。非正社員どうしで結婚すれば生活にかかってくる固定費を一本化して共有することができますのでお互いのためにとても「合理的」です。

これは筆者のオリジナルの用語ではなく水谷潔さんという牧師さんが最初に用いた言葉ですが、「共存」のための結婚という言い方が適切だろうと思います。

また、結婚したから人生を制約されるなんてことはある程度は当たり前で、特に気にするようなことではありません。

問題があるのは(3)のケースです。

相方にモラハラが認められる場合には法律の専門家や精神医学の専門家の力を借りないことには解決しない場合も多いので、「自分は男性(夫)のモラハラを我慢しながら自分をごまかして生存のための結婚に固執している」といった“うしろめたさ”を感じるのであれば、この場合はやはり放置しないで専門家の助けを頼るのが賢明です。

婦人相談所や法テラス、精神科のクリニックといった相談先を訪ねることをおすすめいたします。

「生存」のための結婚というより「共存」のための結婚だと考えればよい

いかがでしたでしょうか。もう一度結論だけを申し上げますが、生きるための結婚、全然問題ありません。

前述しましたように、「生存」のためというよりはむしろ「共存」のために結婚するのだと思えばいいのです。

それに現実問題として、長年にわたって結婚生活を維持できている夫婦のほとんどは多かれ少なかれ一方的な「与え・与えられる」関係ではなく、お互いに支え合う「共存」の関係が成立しているものです。

「やっぱり結婚はしたいなあ」と今お思いの方。あなたが考えている結婚はけっして「生存」や「依存」、あるいは「保存」のためだけの結婚ではないのです。

【参考文献】
・『結婚の条件』小倉千加子・著

●モデル/TOYO香南

ライター紹介

鈴木かつよし

鈴木かつよし

慶大在学中の1982年に雑誌『朝日ジャーナル』に書き下ろした、エッセイ『卒業』でデビュー。政府系政策銀行勤務、医療福祉大学職員、健康食品販売会社経営を経て、2011年頃よりエッセイ執筆を活動の中心に据える。WHO憲章によれば、「健康」は単に病気が存在しないことではなく、完全な肉体的・精神的・社会的福祉の状態であると定義されています。そういった「真に健康な」状態をいかにして保ちながら働き、生活していくかを自身の人生経験を踏まえながらお話ししてまいります。2014年1月『親父へ』で、「つたえたい心の手紙」エッセイ賞受賞。

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