ウチの子はまとも! “発達障害”の子どもを不幸にする親の態度3つ

こんにちは、親子でADHD(注意欠陥・多動性障害)をやっています、ママライターの木村華子です。

事の発端は今年の4月。年度始めの家庭訪問で担任から「療育センターで教育相談を受けてみては?」と勧められたのが始まりでした。

それから今日に至るまで、検査や今後の支援・教育方法にまつわる相談を重ねています。

そんなある日、ADHDの支援を受けようとする私たち親子のことを知った近所のママ友から声を掛けられました。要点をまとめると、それは以下のような意見です。

・『療育センターを勧めるなんて、なんて失礼な担任だ!』

・『私だったら、「うちの子の何を見て、そんなことを言うんですか!?」とキレると思う』

・『木村さんちのお子さんは全然良い子! 担任が間違っている。療育センターなんて行く必要はない』

じつは、彼女のような意見は少数派ではありません。多くの親が、わが子の発達障害を受け入れられない心境に陥るといいます。

今、この記事を読んでいただいている方の中にも、心あたりのある方がいらっしゃるかもしれませんね。

しかし、実はその思考や姿勢が、子ども自身をさらに苦しめてしまうことをご存じでしょうか。

今回は、発達障害を持つお子様のパパ・ママが現実を受け止めることの重要性についてお話しします。

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「わが子に限って、そんなこと……!」親の姿勢が子どもを傷つけた悲劇3つ

息子の教育相談を受ける中で、さまざまな方から両親の姿勢が子どもの支援を阻害してしまったというエピソードを耳にしました。

以下に、「わが子に限って、そんなこと……!」と拒否してしまう心が招いた3つの悲劇を紹介します。

(1)療育センターを勧められたのが納得できなくて……!

『知り合いの息子は療育センターを勧められたけど、ママは納得していなかった。学校から提出を求められた教育相談の申込書に子どもの能力についてのアンケートがあったが、“障がい者”になってしまうのが怖くて、本当はできないことも「できる」と回答。

その結果、支援は不要だと判断され、息子には何の改善策も取られなかった。支援も無く、能力に見合わない教育を受ける息子は学校の勉強からどんどん取り残されていった』(Sさん/30代・主婦からのエピソード)

(2)パパの理解が得られないため、家庭のムードが険悪に

『同級生に、発達障害があるお子さんがいた。ママは比較的早くに娘の状況を飲み込んでいた。問題点を理解したうえで、受けられる支援や教育方法の改善を前向きに学んでいたようだけど……。

パパがそうも行かなかったみたい。ママが「こういう支援があるみたいだから、考えてみよう」と提案しても、「そんなもの必要ない! あの子は普通! 甘やかしたら、それこそ将来ろくでなしになるぞ!」などなど、理解ゼロな発言でママを罵倒していたらしい。

ママ友と愚痴っているのをよく聞いた。お仕事の関係か、パパが家にいるのは平日の夜と休日。つまり、子どもがいる時間帯に言い争いをしていた様子。

いつもニコニコとかわいい笑顔を浮かべていた同級生のお子さんも、次第に卑屈な性格に変わってしまった』(Mさん/30代・主婦からのエピソード)

(3)通級指導教室へ通うことを、親子ぐるみで隠し通しているうちに

『通常学級に在籍しながら、週1回の通級指導教室へ通うある親子のお話。決められた曜日に通常学級の授業を抜けて通級に行くため、他のクラスメイトから「どこへ行くの?」と聞かれることもあるようです。

その子のママはわが子が通級へ行くことをできるだけ他言したくなかったため、「同級生には、毎週病院へ言っていると言いなさい」と言い聞かせたそうです。

お子さんもママの言いつけを守り、「病院へ行くんだ」と答えていたようなのですが、毎週ウソを重ねることがストレスになり、次第に「ウソをつかなきゃイケナイことを、私はしているの? 私は隠さなきゃイケナイ悪い子なの?」と、心が不安定な状態に。

ママの考え方や言動が自己肯定感を引き下げてしまった出来事でした』(福岡県で通級教室の指導員を行う女性からのエピソード)

子どもの障がいを認めること、まわりに隠さないことの大切さ

わが子の発達障害を受け入れることや、周囲の人たちにそれを隠さないことには大きな勇気が必要です。

私たち夫婦も、当初は「ちゃんとした大人になれるのか……これからどう育てていくべきか……」などと不安を抱きながら、何度も話し合いを重ねました。

そんな大人たちの懸念を吹き飛ばしてくれたのは、息子本人です

療育センターへ行くことに対し、お友達から「どこへ行ってるの?」と聞かれた彼は、臆することなく「僕って、大人のお話を集中して聞けないじゃん? それを直してくれるトコロがあるみたい!」と返していたのです。

そしてまわりのお友達も、「へえ、そうなんだ! 頑張ってね!」と送り出してくれていた様子。

あっけらかんとした子どもたちのやりとりに、覚悟が足りていないのは大人の方だったことを思い知らされました。

息子はとっくの前から自分の不得意に悩み、受け入れ、そして改善させようと前を向いていたのです。

わが子が“その気”になっているのに、大人が後ろを向いているわけにはいきません。

一口に学習障害といっても症状や程度はさまざまで、ケースごとに抱く不安も異なるかと思います。

とはいえ、極端にまとめれば、“できないこと・苦手なことに悩んでいる”ということに変わりはありません。

不得意なことができるようになるためには親がその事実を認めることと、周囲の方に隠さず伝えることで積極的にサポートを仰ぐことが重要なのではないでしょうか。

世間体は、お子さまの“できない”を受け入れることより大切でしょうか?

私事ですが、このたびの“息子のADHD騒動”の最中(さなか)、母親である私自身のADHDも発覚しました。

昔から物忘れが激しく、お勉強も決して得意ではなかったことには原因があったのです。そんな私ですが、発達“障害”を障害だと感じたことはありません

特別忘れっぽい性格をしている私は成長の中で、「お、提出物だ。こういうの、私はすぐ忘れちゃうんだよね〜、だから今すぐ済ましちゃおう!」といった具合に、自分なりの対処法を編み出してきました

発達障害の有無に限らず、すべての人間に得意・不得意があって、おそらく私のように自分なりの対処法を見出してきたはず。

それぞれが持つ不得意やそれに応じた対処法は、それぞれがうまく生きていくためのノウハウです。決して特別なことではないと感じませんか?

昨今注目度の高まっている発達障害児への支援については、要は私のような小学生に対して早い段階で“自分なりの対処法”を教えてあげるサポートなのだと思っています。

「私が小学生のころにこんなサポートがあったらよかったのにな」と、正直わが子がうらやましい……。

障がいと言ってしまえば、確かに聞こえは良くないかもしれません。しかし、「頑張ってるのに、まわりの友達と同じようにできない……」と不得意なことにわが子が苦しんでいることだけは確かです。

小さな胸に芽生えたコンプレックスは、パパやママが気にする世間体よりも無価値でしょうか?

優先すべきは、お子さまの“できない”に真っ向から立ち向かってあげること。

親子で逆上がりや自転車の練習に励んだときと同じテンションで、お子さまの“できない”を受け入れてあげてみてはいかがでしょうか。

●ライター/木村華子(ママライター)

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