ジブリの宮崎駿も経験? 思春期に発症しがちな「中二病」の症状と克服法

『中二病』という言葉があります。今や世間に広く普及している言葉ですが、実はお笑いタレントでラジオパーソナリティの伊集院光さんが1999年にラジオの番組内で初めて提唱した概念です。

わが国の中学2年生(14歳)頃の主に男子に見られる特徴的な傾向であり、思春期特有の背伸びした言動や自己愛に満ちた“全能感”といったものが強く現れている様子のことをややシニカルに捉えた言葉です。

治療を必要とするような精神神経科分野の疾患とは本来は無関係な概念ですが、青年期の精神病理学を専門とする精神科医の中にはこの言葉が持つ一定の医学的根拠を認め、一般読者向けのカウンセリング書などでこの言葉を使用するケースも珍しくありません。

精神科医の斎藤環さんもその一人で、斎藤先生はこの中二病を、『女性への恋愛感情によって自然に治癒して行くもの』だという、独自の分析を展開されています。

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中二病の主症状は「洋楽を聴き始める」「サラリーマンにだけはなりたくない」

この中二病の主症状として、よく指摘されるものとしては次のようなものがあります。

(1)洋楽を聴き始める
(2)「サラリーマンにだけはなりたくない」と言う
(3)売れたバンドのことを「ストリートミュージシャンだったころから知っている」と言う
(4)「大人は汚い」と思う
(5)母親に対して「それは個人情報だから言えない」と激昂する
(6)美味しいとも思えないコーヒーを飲み始める
(7)自分なら、本気でやれば何でもできると思っている

ざっとこのようなところですが、こうして見てみるとやはり“治療が必要な病気”というふうには思えませんよね。この年頃の男の子ならこんなものだろう、といった感じかなと思います。

ただ、こういった傾向があまりにも強く現れすぎて社会生活を営むうえでの障害となってしまうほどだと、親としてはちょっと心配かもしれません。

宮沢賢治の物語や宮崎駿監督のアニメ作品にも“中二病的生命観”が見てとれる

このような特徴を持つ“中二病”ですが、冒頭にご紹介した精神科医の斎藤環先生は、「天才的な詩人で童話作家であった宮沢賢治や、現代長編アニメーション映画の巨匠・宮崎駿監督も中二病である」という趣旨のことを述べていらっしゃいます。

どういうことかと言いますと、宮沢賢治がしばしば言葉にした「あらゆる生き物の本当の幸福」のような表現や、宮崎駿監督が機能美を追求するあまりに戦闘機の設計にのめり込んで行く男性エンジニアの姿にどうしようもなく惹かれるさまなどが、中二病にある“万人にとっての絶対的な真理”のようにある意味他者を排除するような危険な精神的傾向と共通点がある、ということなのです。

実際に宮沢賢治はその書簡の中で「自分のそういった“絶対的真理”は存在するみたいな思考は、ある意味中学生が考えるようなものだ」という趣旨のことを書いているほどで、斎藤環先生は『賢治は自分が中二病であることを自覚していた』と分析しています。

ただ斎藤先生は、このような“中二病的世界観”に潜んでいる危険性についてもさまざまな機会に述べていらっしゃいますので、次の章ではその点について少し触れておきましょう。

“唯一絶対の真理”という発想は生命論的ファシズムと親和性があり、危険性を孕む

「自分は万能であり、この世には“絶対的な真理”というものが存在する」。

中二病のこのような世界観はある面で生命論的なファシズムと親和性があるため危険性がある、と斎藤環先生は言います。中二病の男の子は、他人の忠言などには一切耳を貸しません。

ただ自分の美意識があるのみで、自分の美意識は絶対です。これは、政治思想史でいうところの『ファシズム』と呼ばれるような独裁的で排他的な思考様式・政治手法の根底をなすものであると、斎藤先生は精神科の医師として指摘します。

このような幼稚でひとりよがりな性格は、アニメーション映画やポピュラー音楽、童話作品といった枠の中に収まっている限りにおいてはまだいいのですが、それが政治家のような権力を持った大人に発症した場合にはタチが悪いため、治療方法だけは見つけておいたほうがいい、というのが斎藤環先生の考え方で、筆者もそのご意見には全くもって同感する次第であります。

中二病の男性は“女性との恋愛”を経験することによって自然と治癒する

そこで斎藤環先生が言う“治療法”なのですが、先生によれば『男子の中二病は女性に恋愛感情を持ち、女性との恋愛を経験することで自然と治癒するケースがほとんどなので、特殊な症例を除けばそんなに心配することはない』というのが(意外と楽観的なのですが)結論のようです。

その例として、斎藤先生は2013年公開の宮崎駿監督による長編アニメーション映画『風立ちぬ』の話をしています。

すなわち、自分が設計している飛行機が戦闘機であることさえ忘れてその機能美の追求に没頭する堀越二郎は、宮崎駿監督自身で中二の男子そのもののような自己愛を飛行機にダブらせているわけですが、その宮崎監督でさえ、戦闘機よりも里見菜穂子という二郎の恋人で後に妻となって早逝する女性の方をより美しく描きました。

女性への恋愛感情、女性への愛情がファシズムを去勢するのだという現実を、宮崎駿監督は分かっていて描いたのだと、斎藤環先生は分析しているのです。

【参考文献】
・『ヤンキー化する日本』斎藤環・著

●ライター/鈴木かつよし(エッセイスト)

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