どうして止められないの? 子どもが「いじめの傍観者」になるワケ

【ママからのご相談】
子どものクラスでいじめが起きています。うちの子は、加害者でもなければ被害者でもない立場です。

しかし、“傍観者”の立場であることが、親としてはいいことだとは思えません。

親として、“傍観者”である子どもに、何を言えばよいのでしょうか。言葉が見つからないのです。

a “止められない心理”を理解して、向き合うことを促しましょう。

こんにちは、ライフライターの鍋谷萌子です。

いじめの問題はなかなか根深いものですね。痛ましい事件もありますし、決して見過ごすことのできるものではありません。

しかし、いろいろな学校で起こっているのも事実です。

今回は、『傍観者』の立場から、この『いじめ問題』に向き合っていきましょう。

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「いじめをしてもよい」と思っている生徒は5%以下

奈良県が行ったアンケートの設問のなかに、『いじめをどう思うか』というものがありました。

これについて、『いじめてもいいケース(とき)がある』と答えた層と、『いじめはしてもよい』と答えた層をあわせた数字は、わずか全体の5%以下でした。

95%以上の層が、『絶対にあってはならない』『いじめはしない方がいい』と答えています。

もちろん、これはあくまでアンケートです。アンケートに、『してもよい』と書く層というのは少ないでしょう。

しかし、多くの生徒が、“いじめは望ましくないものである”ととらえているのは確かです。

“傍観者も加害者”は本当か?

いじめにおける傍観者の立場を論じるとき、しばしば、“傍観者も加害者と同じだ”という意見が出てきます。

これは確かに一面の真実でもあります。なかには、いじめを面白がっている子どももいるでしょう。

ただ、上のアンケート結果と照らし合わせて考えるなら、このように断言するのは、いささか乱暴であるように思われます。

いじめを傍観している生徒の多くは、「止めたら自分がターゲットになる」という恐怖感を持っているのではないでしょうか。

実際、仲裁した子どもにターゲットが移り変わり、その上かつてのいじめられっ子は新しいターゲットをかばうこともしなかった、という例はいくらでもあります。

“見ている苦しさ”を理解したうえで現実的な対処方法を模索する

子どもにとって、学校生活は一日の大半を占める場所です。

その子どもに対して、「傍観者は加害者だから、何があってもいじめをとめろ」「正義は勝つから、必ずいじめを仲裁しなさい」と話すのは、正論ではありますが、現実的ではありません

このような場合は、まずは、“見ている苦しさ”を理解してあげてください。

その上で、自分では止められなくても、先生や第三者に相談する方法や、メールなどでいじめられている子をフォローするなどのやり方を教える方がよいのではないでしょうか。

また、いじめられている子自身の親などに、匿名で連絡する方法を伝えるのも一つの手です。

いじめの解決方法に、『唯一』はありません。学校と保護者も連携し、対処策を模索するのが望ましいでしょう。

【参考リンク】
事例から学ぶいじめ対応集 | 奈良県教育委員会

●ライター/鍋谷萌子(フードアナリスト)

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