現代の駆け込み寺!? 不登校の子どもの居場所に「図書館」が良いワケ

【ママからのご相談】
40代。パート勤務の主婦です。中2の息子が、「どうしても学校行かなきゃ駄目かな?」と言ってきました。イジメの有無を尋ねると、息子はうなずいて、初めて本心を語ってくれました。間に合って良かったと心から思っています。何日か前にTwitterで、「図書館にはずっといてもいい」という投稿を読みました。子どもに死なれるくらいなら、しばらくの間学校になんか行ってくれなくてけっこうなのですが、図書館では何か特別な配慮がなされているのでしょうか。

a ぜひとも図書館へ逃げてください。市区町村の中央図書館が特におすすめです。

こんにちは。エッセイストでソーシャルヘルス・コラムニストの鈴木かつよしです。ご相談ありがとうございます。

ご相談者様からの声かけが間に合って、本当に良かったですね。おっしゃる通り、お子さんの命を危険にさらしてまで学校に行かせる必要など一切ありません。どんな経緯をたどってでも大学受験資格は取得できますので、無理に学校へは行かせないでください。

2015年8月26日、毎年9月1日の前後に子どもの自殺が突出して多いことを憂慮した、神奈川県の鎌倉市中央図書館司書の河合真帆さん(44)は、鎌倉市立の図書館の公式Twitter上に『もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね』とつぶやきました。

近所の図書館では、狭いうえにおせっかいなおじいさんやおばあさんが余計なお説教を始める恐れもありますので、自転車が必要な距離にはなるかもしれませんが、ぜひ市区町村の中央図書館に逃げてください。広いし蔵書数も豊富ですので格好の居場所になります。

以下、青少年の“自殺”と“居場所”の問題に詳しい、都内でメンタルクリニックを開業する精神科医師に伺ったお話しも交えながら、記述をすすめさせていただきます。

150909katsuyoshi

日本図書館協会による“宣言”は、図書館が利用者の秘密を守ることを誓っています

図書館業界の全国的団体である『日本図書館協会』は、1954年に制定し1979年に改訂した図書館に携わる人の“憲法”とも言える『図書館の自由に関する宣言』で、次のような旨の宣言をしています。

図書館は、基本的人権の一つとして知る権利を持つ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。
1……図書館は資料収集の自由を有する
2……図書館は資料提供の自由を有する
3……図書館は利用者の秘密を守る
4……図書館はすべての検閲に反対する
図書館の自由が何者かによって侵されるとき、我々は団結して自由を守る。

この宣言で重要なのは、これらが“図書館や図書館職員のための自由”ではなく“図書館利用者の視点に立った自由”であることです。この宣言に掲げられた4つのことは、およそ図書館の運営に携わる人であれば職務において必ず守らなければならないこととされています。ですから、図書館は“イジメなどの理由から学校へ行きたくない児童や生徒が安心して逃げ込むことのできる居場所”としてしかるべき根拠をもった存在であると言うことができるのです。

もちろん、これは法的な拘束力を持った文章ではありません。とはいえ、ある業界・ある職業に携わる者が自分たちの社会的位置づけとアイデンティティーを明確にし、実践すべき規範を社会に誓約している、極めて珍しい“宣言”ではないでしょうか。図書館という場所が、他の民間商業施設とは存在目的そのものがちょっと違うのだということを、端的に表した例だと言うことはできるでしょう。

SNSのなかった40年前から、図書館は学校や教室に居場所がない子の駆け込み寺だった

『私は、今でこそ精神神経科の医師として“イジメ”被害から逃れようとするお子さんたちと“話し合う”ことを仕事にしていますが、SNSのような便利なものがなかった今から40年前の中2時代、私自身が“居場所”を求めて図書館という“駆け込み寺”にたどり着いた、“自殺予備軍”でした。その当時は、毎日が真っ暗な闇の中にいるようなものでした。教室で友達が楽しそうに話す“男子の扱い方”の話題にはついて行けず、体育は苦手で運動会ではまるで存在感がなく、したがって当然のごとく“イジめられ”ていました。

そんなとき、偶然たどり着いたのが、市の中心部にある中央図書館でした。中央図書館は、あのころの自分にとってのユートピアでした。私は誰の目も気にすることなく、小説から経営学書まで、ありとあらゆる書物を一日中むさぼり読んでいました。もちろん、それらは中学生にとって難しいものばかりでしたが、「どうせ学校に行けない身なのだから、普通の中学生はあんまり読まないような本を片っ端から読んでやろう」という意地だけはあったような気がします。

中央図書館の職員の方々は、学校にも行かずに一日中入り浸っている私に気づいていたと思いますが、好きなようにさせてくれました。近所の図書館と違って館内が広いため、他の利用者の大人の人たちも、「学校へ行け」というようなお説教をしてくることは一度もありませんでした。

中3になって学校へまた行くようになってからは、中央図書館で蓄積した読書量に自信があったため、友達から何を言われても気にならないようになっていました。私はまさに中央図書館に救われ、中央図書館に育ててもらったのです』(50代女性/都内メンタルクリニック院長・精神科医師)


いかがでしたでしょうか。

図書館というところが、それに携わるすべての人の総意によって採択された“宣言という名の憲法”を持っている場所だということは、ご存じでない方が多かったのではないでしょうか。『図書館の自由に関する宣言』の中には、こうも書かれています。

『図書館は、権力の介入または社会的圧力に左右されることなく、自らの責任にもとづき、図書館間の相互協力をふくむ図書館の総力をあげて、収集した資料と整備された施設を国民の利用に供するものである』
『利用者の読書事実、利用事実は、図書館が業務上知り得た秘密であって、図書館に従事するすべての人びとは、この秘密を守らなければならない』

ご相談者様。息子さんは、2学期が始まってしばらくの間、中央図書館へ“登館”させてやってください。

そして、イジメをはじめとするさまざまな問題で学校へ行くのが死ぬほどつらいと感じているすべての生徒さんたちへ。あなたに、「死にたい」とまで思わせる友だちなんか、友だちでも何でもありません。彼らはただの“犯罪者”です。犯罪者たちが待ちうけている場所になんか行ってはなりません。“宣言”という名の憲法で利用者の人権と自由が保障されている図書館に行って、自分が興味の持てる本を思いっきり読みまくりましょう。

【参考リンク】
図書館の自由に関する宣言 | 日本図書館協会

●ライター/鈴木かつよし(エッセイスト)

data-ad-region="1"> data-ad-region="2">
data-ad-region="2"> data-ad-region="2">

あなたにオススメの記事

パピマミをフォローする